2012年11月23日

謙虚な人になるための、たった一つの方法

最近、どうも自分に、「謙虚さ」が足りないと思うようになりました。
物の考え方にしても何にしても、どうも傲慢なんですよね。人をバカにすることが多くなったし。
どうしたらいいんだろう。

で、今日、何となく考えたのですが、謙虚さへの近道は、いい人やいい仕事を見ることではないかと思ったのです。
質の高い作品、真摯な態度、博識と慈愛に裏打ちされた議論、献身的な活動、人並みならぬ努力、そういったもの全般。
だって、謙虚さってのは、非力な自分を認めるって話。自分の敵わないような相手だからこそ、頭が下がるわけだから。

ひとつ思い違いをしていたのは、「人をバカにしていていけない」は間違いだということ。
頭を下げるって行為は、上をどう見るかって話で、下をどう見るかってのとは無関係。本当にダメな人間に対しては、見下していいし、むしろ、人をバカにしなければ、本当の謙虚さは身につかない。但し、ダメな人間か見定めるだけの力が自分にあればという条件付ですが。
一点だけ注意。後輩や部下に対しては、見下しではなく、優しさです。タイムラグ有りで後から追ってきているのだから、バカにする理由はありません。また、後輩や部下が、自分に持ってないものを持っていれば、それは謙虚さの対象です。

じゃあ、と、反論されるかもしれません。― 傲慢だったお前は、今まで、いい人やいい仕事を見てこなかったのか? お前の周りにいい人やいい仕事などいくらでもあったろうに?
まさにその通り。でも、問題は自分の側にあります。
いい人・いい仕事に接するには、違いの分かる人間にならないとダメなのです。ダラダラと周りを見ているだけではダメ。積極的にいいものを求めて、周りを見なければ、いい人いい仕事を知ることはできません。謙虚になるには先に鑑識眼を身につけることが必要なのです。逆に言えば、鑑識眼の伴わない謙虚さはニセモノの謙虚さ。
また、自分の周りの環境も大事。イライラとケンカばかりの上司、匿名掲示板の言いたい放題、暴言ばかりのコメンテーター、そういうのばかり見ていれば、朱に交わればなんとやらですよ。こういうのは、むしろ積極的にバカにしないといけない。そして、自分が傲慢不遜なことに気づいたら、掃き溜めの中に落ちていないか警戒した方がいい。もっといいモノ求めていかないと。

実は、前の会社の上司の口癖が「謙虚になれ」で、自分の中でNGワードになっていたのですが、そろそろ、前の会社のくびきから脱け出していい頃。その上司の言うことは、おそらく嫉妬・嫌悪・威圧とかそういうものに根ざしているので、そもそも、聞く耳持ってはいけません。

ここ最近の私、自分に謙虚さがないって思えるようになったのは、いい仕事を積極的に吸収して、いい人たちに巡り合えているってことでしようか。そしたら、ちょっと嬉しいです。

posted by 堤朋之 at 23:54 | Comment(0) | ネタ・雑文
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