2012年01月05日

山岳遭難バッシング

今、NHKで山岳救助の金銭負担についての特集をやっていました。公的救助と民間救助の金銭負担の不釣合い、山岳県と都市圏住民の不釣合い、そして、海外の取り組みや、国内の保険などなど。

さて、「山岳遭難の救助費用を自己負担にしろ」という意見が、時にはいささか感情的に語られます。
しかしこの、近年の、山岳遭難バッシングみたいな風潮が、前々から気になっていました。

当事者の公平感や、負担の法的根拠などを考えて、自己責任論が語られるのはいいのですが、ほとんどの人はおそらく、そんな考えで主張しているのではないでしょう。
救助費用を自己負担にしろと言われるようになったのは、ここ最近だと思います。20年位前までの標準的な考え方だと、むしろ逆に公的負担を拡充すべしという話になったでしょう。
おそらく、最初は、「山岳遭難は注意で防げる」「遭難は悪いことだから準備を入念にしろ」の話だったのが、言葉だけがひとり歩きして、「山岳遭難はバカ」「許せない悪いこと」。そして、感情的に「バカには自己負担させとけ!!」となったのだと思います。(あと、90年代に金融関係で「自己責任」なんて言葉がマスコミで大量に流れたのが組み合わさった。)
こんな感じでは、つまらないですよね。

そして、それを押し支えている思想が、「遭難=バカ」という、大衆の思い上がり。特に、ネットなどは、そのような発想の巣窟。
本当に思い上がりだと思います。「こんなことしねーよ、自分だけは違う」っていう2ちゃんあたりにありがちな反論は、実は馬鹿発見器。そんなことを言う者は、私から見たら、ただのリスクに備えられない人間です。真っ先に事故るのが、この手の物言いをする人。「お前、本当に賢いなら、他人のリスクも考えてやれよ」としか、言葉が出ません。
今回の特集で出てきたのは、登山家ではなく、スキーヤーでした。死ぬまで部屋に引きこもっているような2ちゃんねらーは別にして、誰でも巻き込まれる可能性はあるのです。他人事ではありません。
まさに、「遭難をバカって言う方がバカなんだからね!!」です。

とにかく、バッシング感覚で話をすすめるのではなく、財源や不公平感、登山者保護のレベルまで話を持っていきましょう。
そして、正しい装備と知識を持った上で、どんどん山に登りましょう。遭難が嫌だから山登りも嫌とか、典型的な引きこもり発想です。

さて、で、現実問題としてどうするべきかというと、まあ、難しいところですね。私保険では必ず漏れがある(保険で備えられない人ほど事故に遭いやすい)一方で、公的救助だと他の危険スポーツとの兼ね合いが難しい面もあります。ただ、一般人が巻き込まれるケースが多い山岳遭難は、やはり公的負担(や自賠責のような強制保険)を拡充すべきだと思います。財源の問題はありますが、入山料(入山税?)などで、不公平感を調整できればいいのでしょうが。
公的保険を私保険にしたところで、山岳遭難が減るならいいんですけど、おそらくそうでもないでしょう。「保険のモラルハザード的性格」は同じでしょうから。

それにしても、山岳事故ニュースで、毎回、あの遭難者や家族のなんか申し訳無さそうな顔を見るたび、日本に住んでいることが本当に恥ずかしくなってしまいます。その後の心労や救助費用で、家庭崩壊とか自殺とか、考えたくもないですね。
とにかく、このバッシング的雰囲気だけでも、何とかしようず!!

タグ:社会
posted by 堤朋之 at 22:23 | Comment(2) | 社会
この記事へのコメント
ちょっとなにいってるかわかりませんね
申しわけなさそうな顔?当たり前でしょ…。

危険のあるところ、遭難するかもしれない山に
自ら入るのに自分の命に100万払うのも嫌?
たいして高くも無い保険に入るのも嫌?
他人の税金ならつかってok?だって自分の命かかってるし税金くらい使えよと。はぁ?

遊び半分なら、しっかり舗装された登山道だけ登っておけばいいんじゃないですかね。

結局、自己負担反対なんて、自分の命に自分で責任もてない奴の意見ですよ。お金は払いたくないけど危ないとこには行きます。景色いいし。満足感半端ないし。でも遭難したら助けてね。タダで。普通に考えてアホかと思える考えが、まかり通っていることが逆に不思議。

感情的に?ちがいますね。
医療費削減やら増税やら叫ばれるこんな時代に
無責任な遊びに自分達の税金が使われている。
自己責任を全うしてくれれば削減できる無駄。
現実的な問題なんですよ。
もちろん、自分の払った税金が特定の個人(遊び)に使われているなんて、感情的にも良くは思いませんが。

本当に登山好きで、自分の行為に責任持とうとする奴なら保険にも入ってるし、入山税にも反対しないと思うけどね。
Posted by … at 2013年01月04日 18:19
勘違いされているようですが、費用分担の話ではなく、その前のバッシングの次元の話です。
ご意見の通り私保険中心の設計にするにしても、感情的なバッシングがない状態で、税金を投入していいかの費用分担の話をしなければいけません。という話です。

(ここからは返信ではありません)
随分昔の記事なので、その後もいろいろ考えることはあるのですが、失敗した人の苦しみを、他人事のように考える風潮が広まってしまったのが残念でなりません。
自分の優位性を見せ付けるため、失敗した人(とそれを擁護する意見)を集団で叩けば、誰しもヒーローになる時代の病理かもしれません。最近の2chなど見ているとミスした人に対する酷さを感じます。そして、その文化を象徴するものが、本来の語義から歪んでしまった「自己責任」という言葉。
経緯が馬鹿であれ阿呆であれ、失敗してしまった人を馬鹿にせず、心中察せるようにならないと、話は進みません。
「こいつら馬鹿」と考える傲慢な人間はいつまでも馬鹿。「明日はわが身」と考える人間が増えて欲しいものです。
Posted by 堤朋之(管理人) at 2013年01月07日 19:09
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